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#家族の記憶

  • 執筆者の写真: toshiki tobo
    toshiki tobo
  • 2023年7月9日
  • 読了時間: 3分

禅語百選なる本を読み始めました。書道を続ける僕にオススメだと親戚の伯父から譲り受けたもので、臨済宗の僧侶、松原泰道の著書でした。本は本屋で買いたいと頑固になるものの、本屋の営業時間内に赴けず、手元の本がなくなってしまっていた昨今でしたので、とても嬉しい好機でした。


先月の頭、山梨の両親とともに、千葉に住む父方の伯父の家に遊びに行きました。十数年ぶりの再会で、以前会ったのは確か中学生の頃。祖母の葬式か法事の時だったように記憶しています。その伯父が、家系についてもっとも明るいとのことで、ファミリーヒストリーなるものを伺いに行きました。


千葉には今は亡き曾祖母の家があり、今はその子供である叔父と妻である叔母が2人で住んでいます。曾祖父は早くして妻を亡くし、再婚相手となったのが千葉に住んでいた曾祖母です。僕の父が幼い頃は山梨で皆一緒に住んでいたとのことですが、曾祖父が亡くなったタイミング、あるいは伯父が東京で就職し、家を建てるタイミングで曾祖母も一緒に千葉へ移ったと聞いたような気がします。あわせて、もともと千葉に親戚がいたため同じ地域へ引っ越したようなこともうっすら聞いた覚えがあります。


曾祖父が亡くなる前に祖父が亡くなったため(父が5歳のころ)、祖母が家業の魚屋を継ぎ、現在は父が切り盛りをしています。文字に起こしてみると大変だったであろう当時がなんとなくではありますが、情緒を揺さぶるように想起されます。その話の延長で、祖父の急死に祖母がかなりのショックを受け、しばらく身体を壊していたという話をはじめて耳にしました。続けて、父方の家系(東方の家系)は女性が早くして亡くなるとのことで、祖母は嫁ぐことを反対されたという話も教えてくれました。小さな頃あれほど一緒にいた祖母の知らない顔がそこにはあり、今は亡き祖母ともっともっと話したかったという気持ちが絶え間なく込み上げてきます。


僕の祖父と伯父は異母兄弟ということになり、曾祖母と僕の間に血の繋がりはありません。そのためかはわかりませんが、”千葉のおばあちゃん“と呼んでいた人が僕の曾祖母だと気づいたのもだいぶ大きくなってからのことでした。しかしながら、時々会う千葉のおばあちゃんは優しくて、暖かくて、そしてどこか不思議な人でした。


僕の名前(俊樹)は伯父の名前から一文字を分けていただきつけられた名前です。「俊」という文字です。博識で好奇心旺盛の伯父のようにと願いを込めてつけられたと小さな頃に両親から聞きました。伯父は80歳を超えた今も、電子機器を使いこなし人生を多くの趣味で彩る少年のような心をもった人です。比べてしまうと、名前負け感が否めませんが、僕は自分の名前がとても好きです。そして、誇りに思っています。伯父のような謙虚さはすでに、完全に、どこかへ落としてしまっていますが。


さて、いただいた本に、尾崎放哉の一句が引用されていました。


"持ちきれない荷物の重さ前後ろ"


禅語ではない部分にうっかり「!」とさせられ、ページを捲る手が一向に進まず。一旦、落ち着いて、しっかり呼吸をして、というヨガの教えとも重なり、書籍中に割かれた分量以上に大切な言葉として心に届きました。また、過去へ想いを馳せてほしい、という伯父の願いがこの本に込められていたように感じます。家族や先祖が受け継いできた大切な想いを僕も引き継いでいきたい。




先日、ポエムをお書きになるのですか?(Instagramやブログを見て)とざっくり尋ねられ、好きな塩梅に適当に調理して、と投げやりになることがありました。とはいえやはり、詩的に、そして謳うように(カンタービレ〜)、人生の駒を進めていきたいなとはんなり思いました。





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