#8月6日に思うこと
- toshiki tobo
- 2022年8月8日
- 読了時間: 3分
僕らの頭上に広がるこの空。
高く、遠く、どこまでも広がる空。
だけれど、この空は落ちたことのある空。
77年前、広島で、この空は落ちた。
落とされた空。
空が落ちて人々は、
焼かれ、つぶされ、吹き飛ばされた。
空の下で人々は、
何を願い、何を望んでいたのだろうか?
今年の8月6日、僕は埼玉の春日部にいた。
知人からの誘いで、沖縄本土返還50周年記念学習会へ参加していた。
今年は沖縄の日本復帰50周年でもある。
平和について考えていた。
最近、平和のことを考えれば考えるほど
心がすり減らされていることに気がついた。
平和を祈れば祈るほど、
僕の中の小さな平和が
げんなりしてゆくことに気がついた。
問題が多すぎる。
あまりにも多すぎて眩暈がするんだ。
問題の1つひとつがとんでもなく根深い。
何十年も、何百年も、
長い長い時間をかけて根を深めてきたもの。
百戦錬磨の問題たち。
過去の先人たちが、戦っても戦っても
勝てなかった、解消できなかった問題たち。
それらを目の前に僕は完全に意気阻喪している。
僕が何かした、とて。
塩を振られたナメクジのように
みるみる心がしぼむ。
平和への想いが強まれば強まるほど
その想いとは裏腹に、
この国は確実に戦争へと向かっている。
"誰も戦争を反対しなくなったらどうなるんだろうか?"
と、考えたことがある。
"イケイケ、ドンドン"になると思いきや、
"やっぱビビってやめる"になるのでは?と
謎理論を確立させたことがあった。
お山の大将の政府だから。
完全な妄想の話。
僕にとって最初の戦争はイラク戦争だった。
開戦日、戦争を知らない小学2年生の僕は
心臓をバクバクさせていた。
日本の空を戦闘機が飛ぶのだと思っていたからだ。
世界地図をみるとアメリカとイラクの直線上に
確かに日本がある。
が、そういうことではない。
小学2年生の僕は地球が球であることを
よくわかっていなかった。
地球儀は地球儀で地球は地球だと思っていた。
謎理論だ。
開戦当日の朝、確か10時ごろ。
無邪気に胸を高鳴らせていた僕は
縁側で座りながら編み物をしていたおばあちゃんの方へかけより
「戦争が始まるよ!」と声をかけた。
お婆ちゃんのそばにあったラジオからも
イラク戦争のニュースが流れた。
おばあちゃんはただ一言
「ほうだけ(そうなんだの意の甲州弁)」
といってラジオを止めた。
これが、僕の最初の戦争の記憶。
おばあちゃんは、
何を思い、何を感じていたのだろうか?
今ならわかる気がする。
おばあちゃんの気持ち。
決して、いいものなんかじゃない。
思い出したくないもの。
戦争とはそういうもの。
太平洋戦争があった当時を生きた人から
戦争はよかったと聞いた記憶はない。
誰もそんなこと言っていなかった。
戦争とはそういうもの。
何も残らない。
残ったものは、忘れてしまいたいものだけ。
戦争とはそういうもの。
今日も遊びに来てくれてありがとう。
明日は長崎での原爆の日。
武力交戦が終わっても、戦争は終わらない。
壊れた心は治らない。
戦争は人々の心に解けない呪いをかける。
呪縛との戦いは生きている限り続く。
戦争とはそういうもの。
あなたは今、何を思い、何を感じる?
それでは、また明日。
お粗末様でございました。

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